大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1575号 判決 1978年7月21日
控訴人 清水昭六
右訴訟代理人弁護士 小原邦夫
被控訴人 大阪日倫工業株式会社
右代表者代表取締役 千野保夫
被控訴人 日立造船株式会社
右代表者代表取締役 永田敬生
右訴訟代理人弁護士 乃美退助
右両名訴訟代理人弁護士 松原倉敏
右松原倉敏復代理人弁護士 伴純之介
主文
一、控訴人と被控訴人大阪日倫工業株式会社間についてなされた原判決主文第一項を次のとおり変更する。
(一) 被控訴人大阪日倫工業株式会社は控訴人に対し金一一二万八、四一三円と、これに対する昭和五一年七月三一日から完済まで年五分の金員を支払え。
(二) 控訴人の被控訴人大阪日倫工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。
二、控訴人の被控訴人日立造船株式会社に対する控訴を棄却する。
三、控訴人と被控訴人大阪日倫工業株式会社との間に生じた訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人日立造船株式会社との間に生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。
四、この判決は第一項(一)に限り、控訴人において金三五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、「一、原判決を取消す。二、被控訴人らは控訴人に対し各自金三〇〇万円と、これに対する昭和五一年七月三一日から完済まで年五分の金員を支払え。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人両名代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張ならびに証拠関係は、左記に付加するほか原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。
(控訴人の主張)
一、控訴人は、昭和四八年九月二八日被控訴人大阪日倫工業株式会社(以下「被控訴人大阪日倫」という)に雇傭され電気熔接作業に従事したが、約一年八ヵ月後の昭和五〇年五月二日にじん肺第三型の診断をうけたものである。したがって、右作業と発病とめ間には因果関係がある。
二、仮りに全面的に因果関係がなくても、控訴人が被控訴人大阪日倫の作業場において熔接棒から出る粉じんを吸引したことに間違いないし、被控訴人大阪日倫に勤務中前示症状が発生したことも間違いないから、その作業環境が発病に対して寄与した割合に応じて因果関係を認めるべきである。そして、その割合程度は七割と考えるのが相当である。
(証拠関係)《省略》
理由
一、控訴人主張の請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、控訴人のじん肺罹病の有無について判断するに、《証拠省略》を綜合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(1) じん肺は、エックス線写真の像により第一型から第四型に区分され、粉じん作業の労働者はじん肺健康診断の結果に基づき管理区分一から四に区別され健康管理をうけるところ(じん肺法三条、四条)、控訴人は昭和四八年九月二八日被控訴人大阪日倫に雇傭されて以来、臨時工及び本工として電気熔接作業、すなわち、いわゆる粉じん作業(同法二条一項二号、三項、同法施行規則一条、別表第一の二一)に従事していたが、昭和五〇年五月二日胸が痛み咳が出る等の症状を訴え、訴外中山製鋼所付属病院で診察をうけたところ、同日撮影したエックス線写真の像に基づき同病院医師清原龍からじん肺第三型にかかっていると診断された。
(2) 他方、控訴人は昭和四九年四月二六日(第一回)と昭和五〇年九月一八日(第二回)の二回にわたり訴外日立造船健康保険組合築港診療所で、じん肺健康診断をうけエックス線写真を撮影したが、同診療所医師山本豊治から第一回目は粒状影・異常線状影とも正常、第二回目は粒状影第一型「?」、異常線状影正常とそれぞれ診断された。なお、右「?」は正常とも第一型ともどちらとも診断できる意味で同医師により付記された。
(3) 訴外大阪労働基準局長は、昭和五〇年一一月一九日じん肺法一六条により被控訴人大阪日倫でのじん肺健康診断の結果による同被控訴人の申請に基づき、控訴人をじん肺第一型、管理区分一(軽度障害)療養の必要なしと決定した。
(4) 控訴人は、右決定に不服であったので同法一五条により再度の健康診断に基づいて大阪労働基準局長にじん肺管理区分決定につき再申請したところ、同基準局長は昭和五一年一月二三日控訴人をじん肺第一型、管理区分二(中等度障害)療養の必要なしと決定した。
(5) なお、エックス線写真の像の判定は容易ではなく、診断する医師の経験や主観などにより、ある程度左右される。
三、以上の認定事実によると、控訴人の健康診断を担当した医師の主観の相違を加味しても、控訴人はじん肺第一型、管理区分二にかかったものというべきである。
もっとも、《証拠省略》によると、控訴人は昭和五一年四月六日ぜん息性気管支炎で大阪市から公害病の認定をうけ、公害医療手帳を交付されていることが認められるが、他方、《証拠省略》によると、じん肺が誘因となってぜん息性気管支炎にかかることがあるけれども、両者は全く別個の部位に別個の原因によって生じる独立の疾病であることが認められるから、控訴人がぜん息性気管支炎で公害病の認定をうけていることは、前示じん肺第一型にかかっていると認めることの妨げにならない。
四、次に控訴人は、控訴人がじん肺にかかったのは被控訴人らの雇傭契約上の債務不履行に基づくものである旨主張するので検討する。《証拠省略》を綜合すると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。
(1) 被控訴人日立造船は被控訴人大阪日倫に船舶修理工事の下請をさせていたが、その作業をすべて被控訴人大阪日倫の責任において施行させ、ただ工程管理、設計管理および品質管理をするにすぎず、被控訴人大阪日倫の従業員の指揮監督をすることはなく、控訴人に対しても指揮監督をしていなかった。
(2) 被控訴人大阪日倫においては、作業現場の責任者である訴外松本忠治が上司と相談の上、控訴人に対して具体的な配置を定め、控訴人は同訴外人の指示に基づいて作業をし、その作業内容は船舶修理の熔接関係の仕事で船底、外はん、タンク内の金属アークによる熔接作業が主要なものであり、陸上での熔接作業をすることもあった。
(3) 電気熔接作業では煙とともに粉じんを出すが、船内のマンホールより表の部分や艫の部分は、ほとんど空気が動かずそのような隅の部分での作業は換気が十分でなかった。また、安全マスクをかけて作業していても粉じんのためひどいときには十分位でマスクのフィルターがつまってしまうこともあったが、交換フィルターは支給されていなかった。
五、以上の事実によれば、被控訴人大阪日倫は従業員に電気熔接作業をさせるに際しては従業員たる控訴人が、じん肺にかかることのないよう船底タンクに充満する粉じんを外部に排出させるための十分な換気措置を行ない、あるいは安全マスクを使用させ、かつ同マスクの交換フィルターを支給するなどして、従業員の健康に危険を与えないようにすべき安全保護義務があるのにかかわらず、これをつくさなかった債務不履行により、控訴人をして前示じん肺に罹患するに至らせたものというべきである。もっとも、被控訴人日立造船と控訴人との間には作業上の指揮監督関係を認めがたく、他に控訴人のじん肺罹患について同被控訴人の債務不履行ないし不法行為を認めるに足る証拠がない。
なお、《証拠省略》によると、控訴人は昭和二七年九月以来、職場を転々としたものの、昭和四八年九月二八日被控訴人大阪日倫に臨時雇として雇傭されるに至るまで約二一年間、電気熔接作業に従事し粉じんを少しづつ吸入しつづけていたことが窺知されるけれども、昭和四八年に同被控訴人に雇傭されるまでに既にじん肺にかかっていたことを確認するに足る証拠がない。そうすると、控訴人がじん肺にかかったのは、同被控訴人に雇傭され電気熔接作業に従事して以来、約一年七ヵ月を経過した昭和五〇年五月二日にじん肺症の決定的な結果が判明した期間中であり、控訴人が被控訴人大阪日倫の電気熔接作業に従事したことと、右発病との間には法律上の因果関係があるものというべきである。
六、そこで、控訴人のうけた損害について考えてみる。
(1) 休業損害について。
控訴人は、昭和五〇年一二月二八日から同五一年七月二四日までの休業による損害の賠償を請求するところ、《証拠省略》によれば、控訴人のじん肺については療養の必要がなく、かつ控訴人は被控訴人大阪日倫を昭和五〇年一二月二八日同被控訴人の受注量減少により退職しているが(退職およびその日については当事者間に争いがない)、直ちに他に就職したのにかかわらず、じん肺のため休業のやむなきに至ったことを認めるに足る証拠がない(却って、後示のとおりこの事実がないことが認められる)から、この点に関する控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当であって採用できない。
(2) 逸失利益について。
控訴人の退職前三ヵ月の一日平均賃金が金五、一二八円であることは、当事者間に争いがなく、前示認定事実、《証拠省略》によると、控訴人(昭和六年一〇月二二日生)は、じん肺罹患による労働能力喪失率二〇パーセント、一ヵ月二六日労働が可能であること、控訴人は昭和五〇年一二月二九日以来現在まで失業中であるけれども、向後遅くとも一年後において就職が確定し、それ以後五年間就職して労働することが可能であると推認することができるところである(控訴人は一〇年間労働可能であると主張するけれども、これを確認することができない。)。よって右五年間の労働能力喪失による逸失利益を算定すると、その額は
5,128円×26×0.20×47.1329(ホフマン式係数)=1,256,827円
となる。従って控訴人のこの部分の請求は右限度において認容すべきであるがその余の部分は失当である。
(3) 慰藉料について。
控訴人の罹患の部位程度(被控訴人大阪日倫での電気熔接作業による被害に限定)、同被控訴人における勤務年数その他諸般の事情を考慮すると、その慰藉料額は金八〇万円をもって相当と認める。
(4) 過失相殺について。
《証拠省略》を綜合すると、被控訴人大阪日倫は控訴人に対し、控訴人が電気熔接作業に従事するにあたり、粉じんや煙を除去するための安全マスクを支給したが、控訴人はじん肺にかかるまで右マスクを、同被控訴人の指示どおり十分に使用しなかった過失が認められ、右過失割合は五割と認定するのを相当とするところ、前示認定の逸失利益金一二五万六、八二七円と慰藉料金八〇万円との合計金二〇五万六、八二七円の五割相当額は金一〇二万八、四一三円(円位以下切捨)である。
(5) 弁護士費用について。
本件事案の難易、請求認容額等の諸事情を考慮すると、相当因果関係のある弁護士費用は金一〇万円をもって相当と認める。
七、以上の次第で控訴人の被控訴人日立造船に対する請求を棄却した原判決は正当で、これについての控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人大阪日倫に対する請求は、金一一二万八、四一三円と、これに対する同被控訴人への訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年七月三一日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこの部分を認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 吉川義春)